5月病な日々

脚色と虚構

『チョコボールはピーナッツ派』

私はしがない大学3年生だ。

そんな大学で、「オリジナルのシナリオを考える」という課題が出された授業があり、夜なべしてなんとか捻り出したそれを眠らせるのはもったいないので、ここに放出させて欲しい。最後の方などは自分でもわけがわからなくなってきて適当感が否めないんだが。

言い訳ばかりしてもしようがないので、早速ご覧ください。

 

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31歳女性が仕事帰りにコンビニに寄ったようで、レジ袋を提げて帰ってきた。取り出したのはチョコボール。愛らしいキョロちゃんの顔がかいてある。これは素晴らしいと物欲しげな顔で見ていたら、「あんたの分も買ってあるよ」と太っ腹なことを言われたものだから、本当にこの女は素晴らしい、住まわせてくれる上にチョコボールまで買ってくれる、きっと女神に違いないと心底感動した。

 数年前、二人が知り合って間もない頃、チョコボールはピーナッツに限るという話で意気投合した。そのあと何がどうなって今の形に至ったのか、細かいところは覚えていないが、31歳と27歳は交際、および共同生活を始めることと相成ったのである。何はともあれ、チョコボール談義をしたことで確実に二人の距離は縮まったといえるだろう。

 31歳女性からチョコボールの小さな箱を受け取る。軽く振ってみると、中でチョコボールが動いて、カッカッカッと心地良い音がなる。これを聞くともうたまらない。はやる気持ちを抑えながらビニールに爪を立てる。と、唐突に31歳女性は「好きな人ができたの」とつぶやいた。目には涙がたまっていた。

 

 31歳女性は一人暮らしである。厳密には、私と31歳女性の、1匹と一人暮らしである。数年前、つまり二人が27歳だった頃、私は27歳男性と27歳女性の二人と、暖かい陽だまりのような家で穏やかに暮らしていた。もともと27歳男性と暮らしていた私は、突如登場したこの女のことをあまりよく思っていなかった。そこにチョコボールである。女性はなかなか心を開かない私に、半ば投げやりにチョコボールの小さな箱を玩具として与えた。これが私のツボに見事にはまり、結果的に関係は良好なものとなった。

 27歳男性が帰ってこなくなったのは、珍しく二人が声を荒げて口論した次の日からである。前夜の口論を気にしてか、その朝は食事中も無言で気まずい空気が流れていた。いつも通り出かけていった男性に、女性は「いってらっしゃい」を言わなかった。私はなんだか無性に嫌な予感がして、しきりに部屋をうろうろしていた。数時間後、滅多に鳴らない電話がなり、呆然と膝を折った女性がつぶやいた「コウツウジコ」の言葉の響き。それから、27歳女性は31歳女性になるまでこうして私と静かに暮らしている。暖かい陽だまりのような家は、いつもどこか湿っぽい、暗い家になってしまった。

 私はバカではない。31歳女性の「好きな人ができたの」という言葉の意味もわかる。27歳男性の写真を眺めては苦しそうにしていたこと。私はチョコボールの箱を脇にやって、31歳女性の足元に擦り寄った。あんたは悪くない、27歳男性だってそうすることを許してくれるはずだ、そういった意味を込めて鳴いた。

 31歳女性は何度も頷きながら私を抱き上げた。「ごめんね」塩っ気のある肌を舐める。どうやら女性は私を連れてどこかへ出かけるようである。「好きな人」のところだろうか、私は仲良くできるだろうか。ふと見ると、女性が買ってきたチョコボールはキャラメル味であった。

 

 あたしは昔から好きな人には尽くしすぎてしまうたちだ。4年前付き合っていた男も、あたしのことが重いと言って他に女を作っていた。可愛さあまって憎さ百倍とはまさにこのことである。気づいたときには男の背中を押していた。運の悪いことに、そこは歩道橋の上だった。

 4年前あたしを捨てた男が置いていった猫。猫のことは好きでも嫌いでもなかったから、これまでの延長で世話をした。だが、事情が変わったのである。それは完全に一目惚れで、なんとか連絡先を聞いて、彼の好みを調べて、好みの女になるよう努力を重ねた。そんなあたしが、彼の猫アレルギーを知るのにさほど時間はかからなかった。

 猫にとってチョコレートは毒だったよな。そんなことを考えながら保健所への道を急ぐあたしの腕の中で、猫はおとなしく眠っていた。

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ちなみに「チョコボール」「登場人物の呼び方」「猫」などのキーワードは、とあるブログから着想を得たものである。内容が内容だけにリンクなどはとても貼れないですが。よかったらそちらのブログも探してみてほしい。