背筋の悪さが再検査を引き起こした
学校で行われた健康診断にて、再検査を食らった。
うちの大学の健康診断はごく簡単なもので、内科検診、胸部レントゲン、検尿、そのほか身長体重血圧は自己申告制である。
春休み中に行われるんだが、私は前日に東京に遊びに行っており、当日の朝帰ってきたその足で受診することになった。
当然眠い。頭の中は布団のことでいっぱいである。
とりあえず時間的に制限のある内科から順番に受診しようと当該教室に向かう。と、待機列ができていた。
全員男である。
内科は女子と男子で時間制で完全に分けられており、女子の時間は先だったため、若干遅れて行った私は女子の時間と男子の時間の境目にぶち当たってしまったようだ。
とりあえず男子に混じって待機していると、アシスタントらしい女性の方が教室から出てきた。
「検診が終わっていない女性の方はいませんかー!」
先にお伝えしておくが、私は出てきた彼女の目の前で待機していた。
完全にスルーである。
いくら私が(よく言えば)ボーイッシュだからと言ってこの仕打ち。流石に衝撃だった。
いつまでも衝撃を受けていられないので自分から手を挙げると、アシスタントらしき女性は「あ…ごめんなさい、気づかなかった」と言って私を教室に招き入れた。
気づかなかった、が「(女の子であると)気づかなかった」なのか、「(そこにいることに)気づかなかった」なのかはわかりかねるが、まぁどっちでもいいことだろう。
私以外に教室にいる生徒は、既に検診が終了したらしき女生徒と、何やら座って書き物をしている保健委員らしき女生徒のみであった。
まさに独壇場。どんだけ脱いでも大丈夫である。
などと考えているうちに、あれよあれよと椅子に座らされ、あっという間に腹に聴診器を当てられ、首に手を添えられ、特に問題がなかったようで後ろを向かされていた。
通常の流れであれば、背中にも聴診器を当てられ、異常なしで終了のはずだった。
「ちょっと立ってみて」
え、とおもった。
何かあったのだろうか。生まれてこのかた内科検診で立たされたことなどない。内心ビビりながらも仕方ないので立ち上がる。
「まっすぐ立ってみて」
相変わらずビビりながらも、自分の出来る全力のまっすぐを見せる。と、「あーなるほどねーありがとう、もういいです」の声とともに拍子抜けするほどアッサリ解放された。
しかし、私は見てしまったのである。健康カードに「再検査」の印が押されるのを。
「再検査」。数々の健康診断をくぐり抜けて来た私だが、そんなものを食らうのは初めての経験である。
「再検査」印の隣には「側湾症」と書かれていた。聞いたことのない病名である。読み方もよくわからない。
あまりに不安になったので、保健室の先生にカードを提出する際質問してみた。
「あの、この再検査って…」
「再検査…ソクワンショウね。見たところたぶん背筋が悪いだけだとおもうけど、一応整形外科で再検査を受けて書類貰ってきて」
背筋が悪いだけだとおもう、とは。
更にいろいろと質問したかったが、その時点で健康診断受付締め切り時間ギリギリだったため、すごすごと引き下がってしまった。早めに行こうとはしないくせに、こういうところは気を遣ってしまうのである。
家までの道中、車を走らせながら外を見た。世界はすっかり春の装いで、皆新たな出会いの予感に顔を明るくさせているように見えた。
一方自分はどうだ。今更新しい出会いなど期待してはいないし、やらねばならないことは山積みだし、挙げ句の果てに再検査である。よくわからないが背筋が悪いだけで病院に行かねばならないようである。
あの医者結構な年齢に見えたが、適当に診察したんじゃないのか。などと、すっかり春の空気に似つかわしくないどんよりした気持ちの私に、「再検査」の三文字が重くのしかかる。
もちろん背筋は曲がっていました。
同居はじめました
Mさんと同居を始めた。
生まれてこのかた片田舎の戸建てである実家から住まいを移したことのない私だが、この度ついに家を出たのである。いつまでも親のすねかじり虫ではいられない。21にもなって自立していないのはどうなんだ。
などといった大層な理由があるわけではもちろんなく、諸般の事情と完全にその場のノリで決まった同居である。
事情を聞いた際、Mさんに「同棲しますか!」と言ったところ、肩パンされ「同棲って言うな!!同居って言え!!」と言われたのが印象的である。肩の痛みとともに「同性と一緒に住むことを同棲って言っちゃいけないんだなぁ」と、ダジャレのようなことを考えたものである。
とはいってもこれは一時的なもので、事情が解決したら契約解除。予定では1ヶ月半ほどで実家に戻ることとなっている。
(更に事情が出来て今すぐ契約解除になりそうではあるんだが、そうなった場合後々また同居することになりそうなので…つまりややこしいので細かい説明は省かせて頂きます)
さて、この話を聞いて驚いたのは母である。
今まで何不自由なく実家から学校に通っていたのに、4年のこの時期になって突然家を出る宣言。しかも、あろうことか私は家を出る前日に伝えたのである。
家を出る当日、私たち一家は家族揃って飲み会を開催することを予定していた。母はお酒を飲むのも好きだし、家族で揃ってどこかへ出かけることも滅多になかったのでものすごく楽しみにしていたようである。その前日に私は「明日から家出るから」と言ってのけたのである。
本当は一週間前に伝えようとしていたんだが、物忘れが激しすぎる私は、前日の夜、湯船に浸かりながら唐突に思い出すまで綺麗サッパリ忘れていた。
突如突きつけられた娘の旅立ちにショックを受けた母は、次の日の飲み会でフニャフニャになりながら「なんで?なんでいっちゃうの?」と同棲していた彼氏に捨てられた女のようなセリフを放っていた。
ちなみに父はというと、家を出て数日経ってから「最近いないけどどうしたの?」という旨のラインを寄越して来たので、そこから説明した。とんだ親不孝者である。
肝心の同居生活だが、そろそろ2週間経つだろうかといったところ。至って順風満帆である。これもひとえにMさんのおかげだといえる。
というのも、掃除洗濯料理などの家事全般ほとんどをMさんが行なっているのだ。
特にMさんの料理スキルは素晴らしい。毎朝私が起きるとテーブルに朝食が用意されているし、お弁当も作ってくれている。それだけでなく、栄養や彩りのバランスも考えられている。本当に嫁に欲しい。とてもひとつしか歳が違わないとはおもえない。
Mさんが家事担当なら、一体お前は何をしているのかとお思いだろう。
私は何もしていない。
ただただMさんに甘えているのである。めちゃくちゃすねをかじっている。生活スキルは実家の時と何も変わっていない。まるでヒから始まりモで終わる二文字である。あの細長いやつである。
Mさんの負担が大きすぎる同居ではあるが、事情が解決するまで居座ることになりそうだ。
皆さん、ヒモ生活は楽しいですよ。
焼肉ほいほいという寝言
「全部ペケじゃん。焼肉ほいほいじゃないよ、まったく。予習復習だからね」
一体何事かとお思いだろう。これは、我が母(47)が発した寝言である。
まず状況から説明させて欲しい。事件は、私がいつも通り眠りに就こうと布団に潜った時に起きた。時刻にして深夜3時過ぎ頃、上記の台詞が暗闇に響いたのである。
私の寝床は二階の最も奥に位置し、私、弟、母の三人で、いつも仲良く眠っている。ちなみに、弟は姉である私と母に挟まれている形である。思春期なのに哀れとしか言いようがないが、強く生きて欲しい。
弟のことはひとまず置いておいて、母の話をしよう。
前提として、彼女は結構頻繁に寝言を言っている。だいたい私が寝ようとすると「いらっしゃいませ」などと言って驚かせてくるのだ。当然彼女に悪気は一切ない。意識がないので当たり前である。
母の寝言をランキング形式で紹介すると、
1位 いらっしゃいませ
2位 ありがとうございました
3位 おにぎり100円セール開催してまーす
である。
もうお分かりかとおもうが、彼女はコンビニエンスストアでアルバイトをしているのである。どうやら夢の中でも働いているようで、私としては家なんだが店なんだかわからなくて混乱してくるんだが、もちろんやっぱり母に悪気はない。
ちなみにおにぎりと並んでおでんセールも頻出していたが、季節柄か押され気味である。
しかし今回の寝言はどうだ。
まず、「 全部ペケ」や、それを受けての「予習復習」と言っていることから、彼女は子供たちの試験の答案用紙でも見ているのだろうと推察できる。しかも全部間違っていて、ご立腹の様子。できの悪いのは夢の中でも健在らしい。
ここまではわかる。
問題なのは「焼肉ほいほいじゃないよ」である。
普通に暮らしていれば「焼肉ほいほいじゃないよ」などと言われてはいそうですかとはならない。そもそも焼肉ほいほいって何だ。恐ろしく流暢にはっきり喋っていたので聞き間違いではない。母は確かに「焼肉ほいほい」と言った。
成績が悪かったから焼肉に行く予定をほいほい無しにした、という意味だろうか。だが我が家は滅多に外食に行かないし、焼肉などというものはいよいよ食べない。
では逆に、成績が悪かったから焼肉ほいほいという名の何らかの罰を与える、という意味だろうか。しかし我が家は成績が悪くとも処罰を受けることはほとんどない。
そもそも文の構造的に、「焼肉ほいほいじゃないよ、まったく」なので上記二つは噛み合わない。
そうして考えていたんだが、間違っていた試験の解答が焼肉ほいほいという言葉だった、というのを思いついた。これは構造的にもおかしくはない。もうこの説が正解な気がしてきた。
年齢的に試験の出来が取り沙汰されるのは弟である。帰宅した弟は、返却された答案用紙をカバンから出さずにこの場をやり過ごそうとする。
しかしコンビ二バイトから帰ってきた母は、弟が風呂に入っている間にカバンを探るのだ。哀れな弟は0点の答案用紙を風呂上がりに突きつけられる。
母は言う。「全部ペケじゃん!焼肉ほいほいじゃないよ、まったく。予習復習だからね!」
バタン!とドアを閉められる。何も言えない弟の目の前を「焼肉ほいほい」と書かれた答案用紙が舞う。もちろん大きなバツがつけられている。自己嫌悪に陥る弟はおもうのだ。俺はこんなことを書いて何がしたかったんだ……焼肉ほいほいじゃないよ、まったく……と。
私の想像力ではこれくらいしか思いつきません。アホ(母)の考えることはわかりかねますね。
テンポアップで人間から遠ざかる田淵
私もMさんもカラオケが好きである。
基本的に、つるんでいる時どちらかが 「カラオケいこう」とノリで言い、「イェーイ」で入店。何でもかんでもノリで済ましがちなのが私たちの特徴である。
先日も完全にノリだけでカラオケに行ったのですが。
私たちのカラオケは、両者とも相手が曲を知っていようがいまいが関係なく、歌いたいものを歌うスタンスである。
私に関して言えば日頃の鬱憤を爆発させるかの如く叫び、暴れる。そうするとMさんは爆笑しているか真顔か一緒に暴れるか、といった反応を返してくれる。
Mさんは大概優しい。だが腕力が異常に強い。優しさとゴリラ的要素が奇跡的に共存している人であるといえる。
その日は夜のフリータイムで入店していたんだが、三時間程経った頃、Mさんが普通に歌うのに飽きてきたのか曲のテンポを加速させ始めた。カラオケの段階としては第二フェーズに突入したと言っていい。
人はすべからく刺激を求めるものである。
基本的に脳のつくりが単純なので、私たちは見る間に加速の虜になった。敢えて早口の曲を入れてハードモードにしたりするなどして、ドーパミン辺りの快楽物質をどばどばさせた。
そしてMさんが入れた曲で私たちのテンションはその日の最高潮に達することになる。
その曲が、UNISON SQUARE GARDEN(敬称略)の『シュガーソングとビターステップ』である。
音楽的なことには明るくないので、PVのみ簡単に説明させて欲しい。『シュガーソングとビターステップ』は、ひとりの女性会社員の恋模様と、それに連動する脳内のユニゾン(更に略)メンバーの様子を描いている内容のPVである。
ユニゾンの曲は、最近聴き始めたばかりでハッキリ言って口ずさめるのはこの曲のみ。ファンどころか好きと言うのもおこがましいレベルのどにわか。
なので、お互いがしあわせに生きる為にもユニゾンファンの方はこの先は見ないでください。よろしくお願いします。
ここから先はユニゾンファンはいないこと前提で書かせていただくが、私はユニゾンのメンバーについて一切詳しくない。だが、ベーシストが「田淵」という名前なのは知っている。
何故通常ならば最も影の薄い立ち位置であるベーシストの名前のみ知っているかというと、彼が単純に目立つからである。
目立つ、というのは、例えばユニゾンがテレビに出た時、Twitterなどで最も話題となる存在である、という意味である。
「田淵」はめちゃくちゃ動く。
「田淵」はどこでスクショしてもブレる。
「田淵」は妖怪と人間のハーフ。
などといった情報が私のタイムラインに氾濫した結果、「田淵=ユニゾンのベーシスト=妖怪」という偏見にまみれた図式と彼の名前が私の頭にインプットされたのである。
さて、問題の『シュガーソングとビターステップ』。こちらは、カラオケでもPVが流れる仕様となっている曲である。
PV付きの曲を早送りした場合どうなるか?答えはシンプル。
PVも早送りされるのだ。
バンドのPVでは大抵メンバーが演奏するシーンがあり、『シュガーソングとビターステップ』も例外なくメンバーが演奏している。もちろん、「田淵」は妖怪じみた動きをしている。
それが、あろうことかスピードアップするのである。
左右に高速移動する「田淵」。
腕を振り上げガクガクさせる「田淵」。
猛スピードでベースをぶん投げる「田淵」。
既にテンションが上がりまくっていた私は腹を抱えて爆笑。3月にして年内の爆笑ランキング暫定一位に躍り出た。この記録を超えることはなかなか難しいだろう。
文章だけでは全くわけがわからないかとおもう。是非皆さんも、これを機にカラオケで『シュガーソングとビターステップ』を歌ってみて欲しい。
もちろんテンポはマックスで。
電気屋のマッサージ機でダメになる
弱冠21歳にして腰痛が悩みだ。
基本的には至って健康体な私だが、腰に関しては弱い。長時間立っているとすぐに調子がおかしくなる。仕事柄そんなことは言ってられないので現在は放置しているのですが。
腰痛の原因は明確で、一昨年の夏頃から仕事の時間、頻度、ハードさが総合してどんどん上がり、下手な新卒より給料が多くなる代わりに休みは月一などといったふざけたスケジュールをこなしていた。
ダブルワークだったんだが、どちらも接客で立ち仕事。長時間労働に加えインドアの身にはきつい肉体労働もあり、二つの仕事を一日ではしごしたりなどもしていたため睡眠時間の確保も十分にできていなかった。
結果、去年の今頃くらいだろうか、眠っても治らない腰痛に気づいた。まぁ忘れた頃に治るだろうとおもっていたんだがこれが一向に治らず、一ヶ月を越えたあたりから我慢できなくなる程の痛みに変わり、これはいよいよおかしいとおもい、無事通院といった次第である。
現在はダブルワークの片方を比較的楽な仕事に転職し、勤務日数も無理のないようだいぶ減らしている。
だが、通院するのが遅かったせいか、腰痛を感じやすい体になってしまったようで。
日々慢性的な腰痛に悩まされている私だが、友人であり先輩であるMさんの買い物に付き合っている時、偶然オアシスを見つけてしまった。
それが電気屋のマッサージ機である。
個人的にマッサージ機といえば温泉というイメージがあるんだが、だいたいの温泉では有料。私の中ではセレブの乗る物だった。
しかし、電気屋のマッサージ機は電気屋側がその性能を試してもらうためのもの。もちろん無料で享受でき、その上種類も豊富ときている。
マッサージ機コーナーでは、既にマッサージ機にほだされた者たちが快感に身を委ねていた。
それは少し異様な光景であった。ほとんどがご老人で、皆目を瞑っている。ちょっと死んでいやしないかと心配になる。
電気屋といえばどこもうるさいぐらいの店内CMがかかっているが、それすらも耳に入っていないかのよう。その空間だけはリラックスした空気に包まれていた。
これは是非ともあやかりたいと、私とMさんはごく自然な動作で手頃なマッサージ機に腰を下ろした。
それにしても、最近のマッサージ機というものは本当にすごいですね。
「匠」というマッサージ機があったんだが、まさに匠としか言いようがない手腕。目を瞑ると人間に揉まれているような錯覚に陥るほどである。
匠以外のマッサージ機も試したが、どれも素晴らしい揉みっぷり。 だがやはり値段が高い方がクオリティが高い気がする。こちらは足をすっぽり覆っていてよいが、頭の置き所がしっくりこない。一方あちらは寝心地最高だが、揉み方が少し荒い。
などと、私がひとりでマッサージ機評価をして遊んでいる内に、Mさんは三十万円のマッサージ機の手にかかり爆睡していた。電気屋で睡眠を取る22歳。さすがに面白い。
かれこれ一時間以上は揉まれただろうか。
Mさんは半分寝ているような表情、私は恐ろしく軽くなった身体に感動しつつ帰路についた。
しかも驚いたことに、慢性的な痛みを抱えていた腰が爽快なのである。これには心から感謝した。感謝と感動のあまり危うくマッサージ機のローンを組むところであった。
その日以来、私の心に電気屋のマッサージ機が住み着いた。
朝起きたら「むくみを取るためにマッサージされたい」、出かける時も「このまま電気屋に向かいたい」、仕事中も「腰が痛くなって来たからとりあえず揉まれたい」。とにかくいつでもどこでも、事あるごとに電気屋のマッサージ機欲が首をもたげるのである。
どうやら電気屋のマッサージ機は、私の身体をほぐしただけでなく、心までもを掴んで離さなかったようだ。
今の私は完全に恋する乙女。事もあろうに相手が電気屋のマッサージ機ですが。
今これを書きながらも考えているのは電気屋のマッサージ機のことである。寝ても覚めても電気屋。箸が転んでもマッサージ機。
もはやただのバカである。