5月病な日々

脚色と虚構

おんぼろ電卓と察される女

受かる気だけは人一倍あったんですがね、落ちました。簿記二級。

まぁ勉強していなかったため当然の結果なのだが、どこかで飲み込めていない自分がいる。私は優秀であるはずだ、という歪んだ自意識がそうさせているのだろう。

おもえば私はいつもこうで、「努力」の二文字がとんでもなく重荷に感じてしまう。

自動車学校の試験も勉強せず一回落ちたし、それ以前に学校に通うのが苦痛で卒業するのに契約期間ギリギリまでかかった。中学で躓いた英語はいまだに全くわからないし、高校の時なんとなく受けた漢検も勉強せず落ちた。

だがこれら全て、謎に合格する気だけは人一倍あったのである。

今回の簿記二級に至っては、三級資格不所持の状態からのスタートであった。そもそも底辺文系私立大学生である私が、独学で理解できる内容ではなかったのである。

しかも事もあろうに勉強しようと参考書を開いたのが試験の一週間前(正しくは五日前)。簿記ど素人の私が突然二級の範囲を解けるはずもなく、三級の勉強から始めることとなった。

というか、こんなところで見栄を張っても仕方ないので白状すると、実は三日前まで三級を受ける気でいたのである。

どういうことかというと、検定申し込み自体だいぶ前の出来事であったため、忙しない日常によりぐちゃぐちゃになった頭が誤変換を起こし、簿記二級に申し込んだ事実を三級へと書き換えて記憶してしまっていたのである。

これには大変驚いた。何気なく受験票を見たら二級にしっかりとマルが付けられていたのである。自分で申し込んでおいて驚くなよという話ですが。

そこから急いで二級に取り掛かったが時既に遅し。しかも二級は商業簿記と工業簿記の二種類あるんですね。流石に三日は無謀すぎた。完全にお手上げ状態である。

試験当日、いっそ欠席して睡眠を取ろうかともおもったんだが、検定申し込みをした際の事務の方の「せっかく受験するからには試験を受けてくださいね。欠席する生徒さんが多くて…」という言葉が嫌に思い出され、出席した。

試験時間は二時間程度だったとおもうが、そのほとんどを睡眠時間に費やした。皮肉なことに、出席しようと欠席しようとしている行為自体は同じだったというわけである。

簿記二級の受験料は4630円。それで得たものは二時間の質の悪い睡眠のみ。実に高い買い物である。

ところで、簿記を受験するに当たって必需品となる電卓。私はもちろん持っていなかった。

そもそも電卓が必要だということすら知らなかったのだが、勉強する際流石に暗算では厳しいと気づき、家に眠っていたおんぼろ電卓を引っ張り出した。

これが本当におんぼろで、液晶の文字は薄いわ、数字間のカンマ表示はないわ、反応速度は遅いわの三重苦。ヘレンケラーもびっくりの機能性である。

だが、新しい電卓を買う気は毛頭なかったし、電卓に負けず劣らず私の性能もポンコツだったため、試験二日前までおんぼろ電卓と二人三脚で潔く散ろうとおもっていた。

そんな私とおんぼろ電卓の前に現れたのが妹(19)である。

彼女は資格に強いと有名な専門学校に通っており、簿記三級(二級も持っているかもしれない)を保持していた。今更だが、参考書なども彼女のお古を使用していた。

「お姉簿記受けるんでしょ?電卓貸してあげる」

この時ばかりは妹(19)が女神に見えた。

彼女が貸してくれた電卓は素晴らしかった。液晶の文字ははっきりしており、数字間のカンマ表示はもちろん、反応速度も申し分なし。その他私には到底理解できないような様々なボタンがついていて、近代科学をこんな手軽に感じてもいいんですかとおもった。

ほんの数行前に二人三脚で潔く散ろうなどと、調子のいい言葉をかけていたおんぼろ電卓は即座に降板。スペックがモノを言う厳しい世界である。

で、本日電卓を返却したんだが。

妹(19)は驚いて「もういいの?」と言った。これは真っ当な反応である。

何故なら私が電卓を借りたのは試験直前。簿記経験者である彼女はその難しさを熟知しているはずで、実の姉が一週間弱で挑もうとしているなどとおもうはずもない。当然(二日後ではなく)次の検定開催日に受験予定だと考えたのだろう。

私は「うん、いろんな意味で終わったからね」と言った。

その言葉でいろいろと理解したのか、妹(19歳と3ヶ月)は「察し」とだけ言って弟に用意した誕生日プレゼントを見せびらかし始めた。

弟よ、誕生日おめでとう。私は何も用意していないけど。

こういうところがまさに「察し」である。私にはおんぼろ電卓くらいがお似合いなのかもしれない。もう一度振り向いてもらえるかわかりませんが、機会があればまた二人三脚で歩んでいこうとおもいます。