5月病な日々

脚色と虚構

乾燥肌の才能の話

読書は嫌いだ。はじめの5ページがどうしても一緒に捲れてしまう。四苦八苦しているうちに面倒になって、仕方なく捲れた場所から読むのだが、当然内容がわからない。それで読むのを辞めてしまう。私はずっと、君に対してもそんな風にしてきたのかもしれない。

一度言ってみたことがある。ねえ、君のその肌は才能であるとおもうよ。私にはそんな風に一枚一枚ページを捲ることができないし、触れた相手の心地をよくさせることもできない。私のようなかさかさの指ではどんなに丁寧に触れても傷つけてしまう。それに私はとっても雑なんだ。そもそもが丁寧に触れることなんてできないんだよ。

それに対する君の返答はなんだったか、思い出そうとして、君が好んで読んでいた本を手に取る。君は読書が好きなひとだった。眠る前には必ず、枕元のスタンドの灯りを頼りに本を開いていた。私が眩しくないようにこちらに背を向ける君の広い背中を、少し寂しいような、恐ろしいような心地で眺めているうちに、いつのまにか眠りについているのが常だった。

私は君と出会う前の君の一切を知らない。私の中の君を構成する要素は、出会ってからの君だけだ。それまでどこにいて誰と暮らしていたのか、何を見てどう感じ取ってきたのか、その全てを君は喋ることはなかった。かといって私の方も興味もなかったのだった。

君の指はいつも潤っている。握ると暖かく、しっとりとしていて、私はそれが好きだった。自分は生まれついての乾燥肌で、足の先から指先に至るまで、いつも砂漠のようにかさかさしている。読書が好きで誰にでも優しい君は、自分とは何もかも対照的な存在であると信じていた。

しかし、どうやら私の信仰は間違っていたようだった。枕元のスタンドの傍には、よく使い込まれたハンドクリームがあった。何故今まで気づかなかったのか、不思議におもって、きっとこれも私の雑さなんだろうと苦笑する。君のその指の柔らかさは才能なんかではなく、後天的な、努力によって形作られたものだった。君の人生の冒頭を知ろうともせず、その背景に興味も持たず、数ページ捲れたまま読み進めてしまっていた。私は、君のことを知った気になって、その実何も理解できてはいなかったのだと悟った。

もういなくなってしまった君のハンドクリームをゴミ箱に入れて、あの時君が返してくれた言葉を唐突に思い出した。久しぶりに読書に挑戦してみよう。思うようにページが捲れなくても、ゆっくり時間をかけて読めばいい。

確かに、君という人は大雑把なところがあるかもしれない。でも、君のその指はちゃんと触れられていると実感できる。そのままで居られるということは、尊いことだよ。