5月病な日々

脚色と虚構

愛情から始まる話

彼は仕事で疲れていた。疲れていたのですぐに寝てしまった。彼女は連絡が来るはずだったのでずっと待っていた。日付を越えても彼からの連絡はなかった。翌朝目覚めた彼は彼女との約束を思い出して急いで連絡した。ごめん、仕事で疲れて寝てしまったんだ。彼女は笑って言った。そうだとおもった。そんなことが何度かあった。あなたって本当うっかりさんね。彼らは笑い合った。

彼は日々仕事に追われていた。彼女からのメッセージもすぐに返せないことが多かった。彼はそれを申し訳なくおもって、彼女に謝った。いつもすぐに返せなくてごめん。彼女は笑って言った。携帯電話を見る暇がないんだもの、しょうがないわ。たしかにしょうがない、と彼もおもった。徐々にメッセージを返す頻度は低くなり、その内容は薄くなった。メッセージをしなくても電話をすればいいことだ。しょうがないとおもったことすらやがて忘れた。もちろん電話の頻度も別段変わることはなかった。

忙しい彼はそれでも合間を縫って彼女に会いに行った。彼は忙しいので予定が確定するのも遅く、前日の夜や当日に彼女に連絡をすることも仕方のないことだった。急な訪問も彼女は笑顔で受け入れ、喜んだ。彼は嬉しくなった。それにもやがて慣れた。彼には最早申し訳なくおもう気持ちは微塵も残ってはいなかった。全ては当たり前で、彼の忙しく平和な日々は過ぎていった。

彼は上司から大きなプロジェクトを任されることになった。その足掛けとして日曜日にプレゼンをせよと命じられた。大事なプレゼンの前日になってから、彼女からのメッセージで日曜日はデートの予定だったことを思い出した。実に2ヶ月ぶりのデートだったが彼は仕事なのでしょうがないと考え、会えなくなったことを彼女に伝えた。彼女は笑って言った。そんな気がしてた。そうして更に言葉は続いた。もう辞めましょう。

突然の言葉に焦った彼は彼女に電話をかけた。彼女はつとめて穏やかな口調で、淡々と喋った。ねぇ、あなたは私に対して、人間として最低限の礼儀すら用いようとしないでしょう。自分で言ったことを遂行し、相手のことを考えて行動する、そんな当たり前のことすら面倒がっているでしょう。そしてそれを改善する気もないでしょう。だからもういいの、終わりにしましょう。

彼は慌てふためいて言葉を並べた。彼女は静かに返す。私は何度もあなたに伝えたけれど、あなたは鈍感になるばかりだった、私の都合や気持ちを考えたことなんてなかった、どんなに甘えても許されるとおもっていた、それは私を対等な人間として扱っていなかったからに他ならないわ。それから彼は、私に連絡をしてきたのだった。

ひどいと小さく呟く彼の愚痴を聞きながらおもう。この深い憎しみの出所はどこなんだろう。彼女は彼を愛していた。愛していたからこそ甘やかしてしまった。彼は彼女に飼い殺されたのだ。毎日毎日甘いお菓子を与えられていたら太るに決まっている。肥満とは怠惰だ。人間が怠惰から抜け出すことは難しい。

最後に教えてくれるだけ彼女は優しいとする者もいるだろう。それでも私は恐ろしかった。彼が真に受けない程度にやんわりと伝え、材料を集め、彼の甘えが一線を越えるのをじっと待っていたようで。そんなことはよっぽど憎んでいなければできない。彼女はたしかに彼を愛していたはずだった。なら、その憎しみの出所はどこだ。